東京地方裁判所 昭和25年(ヨ)159号 決定
申請人 坂原静夫 外二名
被申請人 東京急行電鉄株式会社
一、主 文
申請人等の本件仮処分申請は、これを却下する。
二、理 由
本件仮処分申請に対する判断の要旨を次に掲げる。
一、申請の趣旨
(1) 被申請人が昭和二十五年二月九日申請人等三名に対してなした解職の意思表示は、いずれもその効力を停止する。
(2) 被申請人は申請人等に対し出勤停止その他その就業を妨げる行為をしてはならない。
(3) 被申請人は申請人等に対し、それぞれ昭和二十四年十一月十三日以降の未払賃金に相当する金員を支払わなければならない。
二、当事者間に争のない事実関係
申請人等はいずれも被申請会社(以下会社という)の従業員であり、同会社の従業員をもつて組織されている東急労働組合(以下組合という)の組合員である。また同人等は日本共産党の党員であつて、申請人Aは同党東急細胞機関紙「ヘッドライト」の編集発行責任者、同Cは同党東急第一細胞機関紙「れんけつき」の編集発行人、同Bは右東急第一細胞の責任者であるところ、右「ヘッドライト」の一九四九年十月二十七日附第八号は約三百部謄写印刷されて社内の従業員に配布され、また一九四九年十月二十四日附の「れんけつき」は約二百部謄写印刷されて同社玉川線の従業員に配布されたが、右「ヘッドライト」誌上には「配転で二万五千円?小原所長、年少者泣かせて手柄顏」なる見出しの下に「玉川線の配置転換で大功をたてた小原所長に西本専務から賞与として金一封(一万円)を送つたところ小原所長はこれを拒みその代りとして配置転換に使つた費用として二万五千円を請求したといわれている。組合役員を招き駅長を通じ、懇談したりした会議費であろうが年少者や女子を泣かしてその裏で一杯飮んでいい気持になつた連中がいると職場では憤慨している。」との記事が、また右「れんけつき」誌上には「買収費二万五千円か」なる見出しの下に「火のない所から煙はたつまい。女子年少者の配置転換で一番先に呑んだのは玉川支部だ。おかげで小原所長は男を上げた。それで西本重役より殊勳甲として金一封一万円也を出されたが、それはいらぬから、これを払つてくれと二万五千円の飮み食いした領収書を出したといわれている。誰が呑まされ食わされた?そこで小原所長は又二、三万もあれば、大丈夫と大井町の所長に栄転した。」との記事がそれぞれ掲載されてあつた。
会社はこの記事掲載配布を目して、虚構の事例を印刷、社内に配布して会社の正当な施策を誹謗し、併せて会社幹部を中傷して業務を妨害したものとし、申請人等三名を職員懲戒規程第一条第二号、第三号後段、第六号、第二条第五号該当者として昭和二十五年二月九日附をもつて懲戒解職の処分に付した。
三、当裁判所の判断
(1) 右「ヘッドライト」及び「れんけつき」の記事掲載配布は懲戒解職の事由に該当するか。
まず本件記事内容たる事実の真否について判断するに、当時右記事内容の如き風評が一部従業員の間に流布されていたことはこれを窺いうるが、申請人等提出の疏明資料の程度をもつては、未だその真実性乃至信憑性を裏付けるに足りない。しからば右風評はあくまでも一片の風評の程度に止まるものというの外なく、従つて申請人等が党細胞機関紙の立場より会社の組合対策に対する批判としてこれを取上げる場合においても、その措辞用方には相当注意を加うべきに拘らず、本件記事の如き端的なる表現を用いて右風評の信憑性を裏付けるが如き感を第三者に与えたことは、会社の名誉信用を毀損し、業務の運営を阻害するものとのそしりを免れない。
もつとも本件記事は党細胞機関紙の責任において掲載せられたものであり、しかも申請人Bは単に細胞責任者として「れんけつき」の本件記事掲載に参画したものに過ぎないから、本件については、「ヘッドライト」の編集発行責任者たる申請人A及び「れんけつき」の編集発行人たる同Cがそれぞれその資格において責任を負えば足り、申請人等が会社従業員の資格において責を負うべき限りでないとの議論も一応は考えられるが、会社の従業員は社の内外を問わず会社の服務規律に服すべき義務あるものと認めるのが至当であるから特別の阻却事由のない限り申請人等は会社従業員としても本件記事掲載の責任者としてその責を免れることはできない。
そこで次に申請人等の情状について考えてみるに、会社は本件記事に関し、昭和二十四年十一月十二日申請人C及び同B各本人につき、同月十四日申請人A本人につきそれぞれ調査をなし、もし記事該当事実が真実とせばこれを裏付くべき証憑を提出すべき旨を求めたるも、申請人等はいずれもこれを拒否し、徒らに自己の行為の正当性を主張するのみで、なんら反省の色がみえなかつたので、即日申請人等に対し懲戒処分の事前措置として出勤停止を命じたが、なおその後も数囘に亘り父兄、保証人との面談を申入れて、申請人等に対し反省を促し、同人等がその非を認めるときは譴責の程度をもつて事態を解決すべき旨を説得したけれども、申請人等はあくまでもイデオロギーの争と称し頑として自己の態度を変更しなかつたことが一応認められる。もし申請人等が真に自己の行為の正当性を信じて疑わないならば右風評の真実性少くともその信憑性を裏付けるに足る根拠を挙げて会社を論駁すべきに拘らず、敢えて右の挙に出でえなかつたことは右風評が一片の風評に止まることの証左ともなる。而して一片の風評をとらえて、本件の如き表現による記事掲載をなすことは到底軽卒のそしりを免れえないに拘らず、申請人等が敢えて自己の行為に一点の非をも認めんとせざる態度はその情状において掬すべきものなしといわなければならない。以上認定したるところによれば申請人等の本件記事の掲載配布は懲戒解職の事由に該当するものというに妨げない。
(2) 本件懲戒解職は労働協約第十三条に違反するか。
会社と組合間に締結せられた労働協約第十三条には「会社は従業員を解雇するときは組合の承認を要する」との規定が存する。そこで会社は本件懲戒解職に先立ち、右協約条項に基き、昭和二十四年十二月五日懲戒事由を明示して申請人等の懲戒解職案を組合に提示し、その承認を求めたところ、組合においては、これを共産党対会社の問題とし、組合自体としては不介入の方針を採ることに定め、ただ申請人等が組合員たるの考慮より、その処罰の軽減方を正副委員長及び書記長のいわゆる組合三役に一任して会社と交渉せしめることとし、組合自体としては承認または拒否の態度を明らかにせず、右三役において会社と交渉を重ねたが、結局問題の本質に触れた応答がなされなかつたため交渉は妥結をみるに至らなかつた。それで会社は改めて組合に対し、昭和二十五年一月二十七日同月三十一日を限り、次いで同年二月二日同月六日を限りそれぞれ期限附囘答を求めたが、組合はこれに対しいずれも默殺の態度に出でなんらの囘答をなさなかつたので、会社は遂に同年二月九日附をもつて申請人等を懲戒解職に処した事実が一応認められる。そもそも協約のいわゆる承認約款なるものも決して絶対的なものではなく、それはあくまでも労使間の信義則に基いて解釈せらるべきものであるから、右認定の如き組合側が信義則に違反して囘答をなさない場合には、会社は組合の囘答を要せずして従業員の解雇をなしうるものといわなければならない。
今一歩を讓り、組合の右不囘答の態度をもつて暗默の不承認の意思表示ありたるものと解すべしとするも、本件の場合にあつては組合は実相調査その他必要の措置を講じて、不承認を正当ならしむべき論拠を明示せんとせず、ただ徒らに不承認の態度を表明するに過ぎないものと解せられるから、かかる場合には承認拒否権の濫用といわなければならない。従つて本件懲戒解職には協約違反の廉はない。
(3) 本件懲戒解職は労働組合法第七条第一号または労働基準法第三条に違反するか。
おもうに、不当解雇が成立するためには、不当解雇意思が解雇に対して決定的原因を与えたことが要件とされるのであり、被解雇者が懲戒事由その他の解雇基準に該当するか否かという客観的事実は不当解雇を認定するための一資料に過ぎないものといいうる。ただ懲戒事由その他の解雇基準に該当することが、それだけで十分に解雇に値するものであれば、それが解雇の決定的原因をなすものとの推定を受け、その結果不当解雇の成立が阻却せられるに過ぎない。従つて有効な解雇原因の存する場合においても、使用者の差別待遇の意思が解雇の決定的な動機であることが立証せられる場合にはなお不当解雇の成立を妨げない。今本件についてこれを見るに、申請人等が共産党員であることは当事者間に争なく、また申請人等が熱心な組合活動者であつたこともこれを窺うに難くないが、前記認定の如く本件懲戒事由はそれだけで十分解雇に値することが明らかであるのみならず、本件懲戒解職の発令に至るまでの経緯に徴し、申請人等が共産党員または組合活動者たることが本件解雇の決定的原因をなしたものとは認め難い。
他に右認定を覆して会社の不当解雇意思を肯認するに足る疏明資料はない。しからば本件懲戒解職は労働組合法第七条第一号または労働基準法第三条に該当するところなきものといわなければならない。
(4) 結語
以上論断したるところによれば本件懲戒解職の有効なることは明らかであるから、その無効を前提とする本件仮処分申請は失当として却下を免れない。
ただ本件申請中昭和二十四年十一月十三日以降の未払賃金に相当する金員の支払を求める部分は、本件懲戒解職の事前措置としてなされた出勤停止の効力いかんの問題にも関するが、右出勤停止は職員懲戒規程第八条(懲戒ヲ要スルモノニ対シテハ所属上長ハ其ノ執行前出勤停止ヲ命スルコトヲ得。前項ノ出勤停止期間ハ欠勤ノ取扱ヲナス。)に基いてなされたもので、本件懲戒解職が有効なる以上その事前措置たる出勤停止も一応瑕疵なきものと解するの外ないから同条第二項の定めに従い出勤停止期間中欠勤の取扱を受けるも已むをえないものといわねばならない。従つてこの部分に関する申請もまた失当として却下せらるべきものである。
以上は当事者双方の提出した疏明資料に基く一応の認定による判断であり、その結果主文のように決定する次第である。
(裁判官 古山宏 中島一郎 緒方節郎)